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ありがとう

ありがとう、祝福、素直な自分で

なぜを考えるなら、親クラスまでたどる様に考え、どうしたいかを考えるなら、それ以外を捨てる。

ちょっとだけプログラミングをやってたから、オブジェクト指向の考え方が少しわかっている。

仮に何か問題が起こった時に、なぜそれが起こって、失敗したのか。
その時に、失敗した証拠を探し出しても過去は変化しない。
そして、それに対処することで、Howが生まれるなら、それは一時的な絆創膏ぐらいの解決策で、他の事例には応用できない。
そんな解決策はトイレットペーパーぐらいの一次的なケツ拭きにはなれど、すぐ水に流してなくなってしまう。

潔いが、ソフトウェアの様に方向性を持って開発するように仕事をしているならば、一次的なケツ拭きを繰り返すことが、実装への道なのか。

試行錯誤は美しいが、同じ失敗を繰り返さないために、それが起こる前提から潰していくのが、成功の礎になるのは当然だ。

だからなぜ、その問題が起こったかを考える時は、問題がどんな親クラスから継承されて、インスタンスになって、実行されたかをイメージする。

そうすれば、根源的な問題は自分のやり方だったのか、それとも言葉の受け取り方だったのか、はたまた設計段階で要求の重さを計り違えたか。

 

心理学で、それは先人の研究でこう言う実験がありました。
だからあなたはなんちゃら病、なんちゃら症の傾向があります。というのが果たして真に解決を求める人に対して言う適切な回答になるだろうか。

ちがう、そんな分析から病名や症状を告げて終わりじゃなく
「それがどうすれば解決するかを簡単に教えてくれ。」
本当にどうにかしたいと願う人の真の声はこれだ。

正直それを教えてくれなければ、てめーに私の何が分かる?知った様な口を聞くな!と言いたくもなる。

私は、なぜ?よりも、どうしたいかを自分に問う。

それはなぜかというと、学校や職場では5W1Hとか、ほうれん草とか、そういうことが当然と言われている。
そこのどこに自分のwant (欲求)を入れるかだ。

理由や動機や根拠なんて一つ起こってしまった奇跡に容易に流されてしまう。
それに幸運ってものは意外とラフなんだ。

時間にはテキトーだし、連絡もなしに突然やってくる。

 

なんかこう、大丈夫、伝わってるから!
ありがとう♪