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ありがとう、祝福、素直な自分で

素直に書こう、素直に読もう

こんにちは

誰かの役に立つ記事を書こうと思っていると萎える。
誰かに価値のある情報を届けようみたいな考えを持っていると重たい。

速読しようと思うと、なんか力む気がする。
喋るときでも同じだし。
良いことを言おう、意義あること、意味あること言わないとと思うと自分に嘘ついてる感じする。

そりゃそうだ、別にいいたくもないのにhave to(しなければ)みたいに思っていると、気が重くなるのも当然だ。

素直に書こう。
素直に書こうと思っていれば、自分に素直にかける。
儲けて良い、産めよ増やせよ

儒教っぽく、先生、先輩とか気にしなくて良い。
思想だって自由、自分が好きなように思い考えて良いんだし。

自分が読みたい本読んでいいし、知識の幅を広げたければそうでない本を読んでも良いし。
俺はあいつより頭良いと思いたいならそう思っていれば良いし。

高校の時に剣道部に入部していて、高校卒業してわかったことは、本当に剣道で強くなりたかったら強豪校に転入すれば良いなと思った。
同じように、自分がやってることが本当に好きでもっと高みへと気持ちが前に行くなら、それに応じた場所や仲間達のいる場所へと体を移動させる方が楽だな。

だって自分が嘘ついて、自分の好きなことを気の合わない人がいる場所でやっていても能率は上がらないし、それは総じて所属する部署や会社のため、もっと俯瞰して
社会に対して生産性を低くしていることになる。

自分がすべきことをすべきレベルでやっているなら、そこにとどまって愚痴のこぼす場所、新しいストレス解消に当てるお金なり時間なりを増やすほかないと思う。

ルー・タイスのアファメーションを読んでいても、清水有高さんのYouTubeの動画を見ていても、青山龍さんのYouTubeの動画を見ていても、なんか言ってることがしっくり来る。

楽してこそ自分が出てくるでしょう。
気楽に、リラックスしてこそ自分の言葉で話せるでしょう。
頑張ったら、素直な自分でいられないでしょう。
その心持ちでゴールに向かってエフィカシー高くしていけるんでしょう。

方角で北しか知らなくて、南を知れば、東と西もわかってくるっしょ。

アルテイシアさん、アダム徳永さんの本を読んでみたらセックスに関する巷の情報とはまったく違う次元で話をしているってことがわかった時に
壁が消えるというか、価値観とか、固定観念とかそういう、自分のアティテュードとかブリーフシステムってものが、バキッと変わる瞬間がある。

松浦弥太郎さんの本を読めば、こんなに生活に対して柔らかく考えていて、普遍的なことをさらっと言ってる、人もいるって知ったら
男は仕事で汗を流して働くべし!みたいな直線的な考えが初期設定にあったことにようやく気付けた、そんで抜け落ちた。

加島祥造さんの本を読んだら、老荘思想のタオイズムを知って、いかに自分が儒教的な考えをもとに考えていたかを俯瞰できた。
もっと楽にやって良いんだ、それを自分で言えるようになった。

OSHOの本を読んだら、この人ぶっ飛んだ考え方してるなと感じつつ、自分の撮っている態度や考え方、価値観ってものが狭いところに止まっていたのがよくわかった。

今思っていることは、読書でこう言う自分の考えが吹き飛ぶことがよくあるから、もっと没頭したい。これだ。
本屋さんに行って、苫米地さんと宇都出さんの速読の本を注文してきた。

速読をするなら、速く書くこともしたいと思って、吐き出すように書いてる。
参考になる情報をネットにわかりやすく公開してくださった三塚次郎さん、ありがとうございます。

俺の好きな本で、GIVE&TAKEってのがあって、ここで利用されてすり減ってしまうギバーと、高い価値を人に与え続けるギバーの違いが
ルー・タイスのアファメーションで行っているところの、ゴール設定が現状の内側か外側かだと感じた。
現状維持で利他的な人は、現状維持で利己的な人に食われる感じ。
現状を突破して成長する利他的な人は、現状維持で利己的な人には理解できない価値を提供できる。

レイヤーのような、プロトコルのような、言語のような、そんなニュアンスの階層の違うレベル、ゲシュタルトで情報を扱うから
ギバーだったとしても、できることが違っているのも納得出来る。

俺は本が読みたいから読む、そこでなんだかうまく言葉にできないけど、サーっと自分の考えが流れていく感じが好きだ。
本を通して、著者の感情や思い、考えが自分の壁を壊してくれる時もあれば、刺すような図星を言われる時もある
まったく新しい知恵をポンッと言ってくれる時も、混乱に陥れるような複雑さを持っている時も、え!?そんな・・・とまったく違う世界からものを言ってくれる時も

本を読んで、自分の考えや態度が変わっていくから、自分をもっと褒めてあげるようにしてる。
自分で自分を褒める。

成長していくから、過去の自分の反省や批判はいくらでもできる。
それと同じように、自分の周りの人に対してもいくらでも批判できる。

ただ、そこまでして自分を陥れて、周りを引き下げようとしている自分はなんなんだ?
なぜそんなことを思うんだろう?

言葉にできないことの方が、伝わって来る。
自分はいろんな感情も、情報も受け取っている。
それと同じぐらい渡して、伝えてをしている。

次はそこだ!
非言語空間の情報ってどうにか操作できるだろう!
いける!意外と単純で簡単なんだよ、こう言うのってさ!


参考
speedwriting.cocolog-nifty.com